突然だが、筆者は小学生の頃はドラえもん博士だった。
周囲に自分よりドラえもんに詳しい人間はまずいなかったし、
テレビの特番とかでやってたドラえもんに関するクイズは、簡単過ぎて話にならない。
テレビの出演者達が正解不正解でいちいち一喜一憂しているのを見て、
鼻で笑ってたぐらいだ。
何とも可愛げのねぇ小学生だなオイ。
「ドラえもんの道具で一番長い名前の道具は?」
という問題に「狂音波発振式ネズミ・ゴキブリ・南京虫・家ダニ・白アリ退治機」ではなく、「ウルトラ・スペシャルマイティ・ストロング・スーパーよろい」と答える凡ミスを犯す程度の実力のクセして。
当時の我が家は貧しかったのだ。
友達の家は遊びに行く度に新しい玩具が増えていたのに対し、
ウチは全然そんな事はない。
買って貰ったスーファミのカセットは何年もの間繰り返し遊ばれ、
買ってもらったドラえもんの本は一冊の単位が何百回と数える程読む事になる。
よく同じ本を何回も繰り返して読めるなという声が聞こえてきそうだが、
読むたびに新しい発見があるのが「古典」と呼ばれる本の条件です。
ドラえもんは最早古典の領域で、これからも後数十年は読み継がれるマンガだと思っている。流石に数百年後に残っているかどうかは解らないけど。
そこまで読み込んでいたのだから、
全盛期の頃はどの単行本にどの話が載っていたのか覚えているくらいだった。
他のクラスメートが新しいマンガを読んだりテレビのアイドルにキャーキャー言ってる時も、俺はひたすらボロボロになってセロテープで直すまで読み込んだドラえもんを更に読んでた。
ドラえもん博士の自称は、少年期特有の万能感から生じる思い上がりではなく、
確固とした経験に裏付けられた自負なのです。
そんな俺に、ある日クラスメートが質問をしてきた。
正確にいうと質問の皮を被った自己主張なのだがそれは後で説明しよう。
質問の内容はこうだ。
「もし、ドラえもんの道具で一つだけ貰えるなら何を貰う?」
良くある小学生の会話だ。
当時の俺が何を欲しがっていたのかは覚えていない。
多分俺の性格だと、タケコプターやどこでもドアといった超メジャーな道具ではなく、
かなりのマニアでないと解らない超マイナーな道具をチョイスしていたと思う。
そしてそれを聞いたクラスメート。
「へ~、そうなんだ。でも俺は違うね」
これを聞いて俺は早くもウンザリし始めていた。
要するにこのクラスメートは、
俺が何を欲しがっているのかという事には全然興味がない。
俺に質問したのは俺の意見を聞きたいからではなく、
この後に続くドヤ顔の自己主張をしたかったらだ。
最初っから俺の話に耳を傾けるつもりは無かったのだ。
この質問の皮を被った自己主張をしてくる人間とはコミュニケーションが取れない。
というか取りたくない。
さて。ドラえもん博士のこの俺だ。
当然、このクラスメートが言うであろう道具の名前など赤子の手を捻るより簡単に予想できる。お前の今の状況は、パーフェクトセルにドヤ顔で挑んだミスターサタンだという事を解らせてやろう。
そこでウンザリしつつもそのクラスメートに聞き返した。
「じゃあ、お前は何の道具が欲しいんだ?」
「俺か? 俺だったら四次元ポケットを貰うね」
予想通り過ぎた。
フン! 逃れることはできんッ! きさまはチェスや将棋でいう『詰み(チェック・メイト)』にはまったのだッ!
「へ~~、何で四次元ポケットなんかが欲しいの?」
「そんな事も解んねぇのか?」
そのドヤ顔をやめろ。
それ以上続けると三角定規の30度の部分で刺すぞ。
「ああ、解らん。何でだ?」
「だって、四次元ポケットさえ貰えれば、ドラえもんの道具全部手に入るんだぜ」
最後まで予想通り。
四次元ポケットには全ての道具が入っている。
だからお前はたった一つしか選べないが俺は全部手に入れる事ができる。
どうだ、俺って頭がいいだろ、と言いたげな顔をしていやがった。
ここで、「四次元ポケットの機能は無限に物を収納できるだけであって、未来の道具が山ほど入っているって機能じゃないぞ」と揚げ足を取り畳み掛ける事もできたが、
それじゃぁ面白くないので小細工無用で真正面から彼の無知を知らしめる事にした。
「じゃあ、四次元ポケットさえあればドラえもんは要らないと?」
「ああ、いらないね」
ここから一気呵成に畳み掛ける。
流石に小学生の時にどんなボキャブラリーで以下の事を述べたかは覚えてないが、
大体こんな主旨の事を述べた。
「お前はドラえもんの凄さをまるで解っていない。
ドラもんの道具がいくつあるか知っているか?
10や20じゃないぞ。100や200でも無い。
1000以上の道具があって、それぞれ別の機能と名前がある。
この学校の全児童(800人弱)の名前と電話番号を覚えるより大変だぞ。
お前、それを覚えられんのか?
しかも覚えただけじゃなくて、何か困った事があった時は、
その問題を解決する道具をドラえもんみたいに一瞬で出せるのか?
何千個もある道具の中から?
お前が何千個もの道具を持ったって、
どうせタケコプターとどこでもドアくらいしか思い出せないだろ?
もしドラえもんが居なかったら、どの道具を出したらいいのか解らないんだぞ。
どの道具を出せば問題を解決できるのか把握しているの?
いきなり深海や宇宙に放り出された時、
コンマ数秒で『テキオー灯』を出してのび太達を守れるの?
巨大な滝から落ちる寸前で『交通安全お守り』を出して無事生き残れるの?
ポケットの無いドラえもんなんてただの中古ロボットじゃんと言いたいのかもしれんが、
ドラえもんの居ない四次元ポケットは、それこそ単なるガラクタ置き場だぞ」
これを聞いたクラスメートは、鳩が豆鉄砲くらったみたにポカンとしていた。
それはそうだろう。
「凄~い、君ってホントに頭がいいんだね~」
というリアクションを期待した質問だったのに、
何故かドラえもん博士の論述を聞かされるハメなるとは誰が予想しよう。
どうせ俺の話を聞くつもりなんて全然ないんだろうなと思いつつも、
ドラえもん博士としてドラえもんの名誉を守る為にも言わねばならんかった。
まあ、その様な(どの様な?)小学生時代だった訳だ。
さて、ここで一旦話を現代に戻そう。
現代の科学技術の発展と、藤子・F・不二雄が思い描いた未来の発展は違っていた。
現代の道具は、一つの道具で複数の機能を兼ね備えているのが殆ど。
その代表格がケータイやスマホですね。
今や電話しかできないケータイを探す方が難しい。
カメラ機能もついてるし、メールやらカレンダーやらアラームやら。
後、忘れがちなのが時計機能。
ケータイ持ってるから腕時計は要らないって人がここ十数年でかなりの数に。
筆者はスマホを持っていないから解らないのだが、
スマホには更に色々な機能が付いているのだろう。
一つの道具に複数の機能がついてる方がお得感があるのが現代だ。
しかし藤子・F・不二雄の思い描いた未来はそうではない。
一つの道具には一つの機能しかついてないのが大原則。
物を大きくするのが『ビッグライト』。
物を小さくするのが『スモールライト』。
これらが別々にされている。
現代人の感覚では一つにまとめてくれよってのが正直な所。
これひとつでありとあらゆる事が! という方向には進まなかった。
一道具一機能なので、未来の道具は膨大な数にのぼる訳です。
それ故、四次元ポケットという道具が造られる。
そしてその膨大な数の道具をしまった四次元ポケットの中から、
目の前の問題に対する最適解を選ぶのがドラえもんの役目。
ドラえもんがいなかったら、殆どの道具が宝の持ち腐れになる。
ありとあらゆる機能を持ち合わせていながら、
ネットとメールとメモ帳しか使われていない俺のパソコンの様に。
ドラえもんが居なくてもポケットさえあればいいや、と考えている人はいますか?
小学生の俺がそんな事聞いたら小姑の様に目を光らせてあなたに論述をまくしたてますが、今の俺はそんな事ないのでご安心下さい。
ポケットさえあれば全て解決と思っている人は、ちょっと考えてみて欲しいのですよ。
索引のついていない国語辞典や百科事典を使いこなせますか?
自分の知りたい事が書いてあるはずの辞典から、
自分の知りたい情報を引き出せますか?
アドレス帳の機能がついていないケータイやスマホで、
今の様に人と連絡が取れますか?
使用頻度はそれでも変わらないですか?
グーグルやヤフー等の検索機能がついていないインターネットを使いこなせますか?
マウスを5、6回クリックすれば知りたい情報にアクセスできるインターネットで、
知りたい情報を適切に見つける事が出来ますか?
ドラえもんの世界ではどんな道具でも引き出せましたが、
現実世界ではそれよりも凄く、どんな情報にもアクセスできるようになりました。
ドラえもんの役目は問題に対する最適解を選ぶ事だと書いたが、
何が最適解なのかは、どのような文脈を設定したかによって決まる。
例えば「ドラえも~~ん! 明日のテストで0点取ったらお小遣い無しになっちゃうよ~」
という実にありがちなシチュエーションで考えてみよう。
ドラもんが実際に出した道具は多岐に渡るが、
初期の頃の作品と、後期の頃の作品では解決方がかなり変化している。
初期の頃だと「コンピューターペンシル」や「アンキパン」等、
のび太が殆ど苦労せずにテストで100点が取れる、
全国のチビッコ達が血涙を流して欲しがる道具を出していた。
(まあアンキパンは胃袋が苦しい思いをしているけど)
ところが後期の方になってくると藤子先生もそれではいかんと思ったのか、
道具その物で問題を解決するのではなく、
のび太の成長を促して自力で問題を解決する為の道具を出すようになってきた。
その一例として「時門」という説明必須のマイナーな道具がある。
水門が水の流れをせき止めてゆっくり流すように、
時門は時の流れをせき止めてゆっくり流す。
何時間何十時間と活動しても、時計の流れは数分しか流れなくなる。
この道具を使って、一夜漬けでありながら数十時間の勉強が出来る訳だ。
他にも「むだ時間とりもどしポンプ」というその名もズバリな道具で、
10時間程無駄に過ごしてきた時間を取り戻してのび太に勉強させたり。
まあ、この時はしずかちゃんのノートを見て勉強した訳であるが、
それでも自力は自力である。
上に書いたのび太の悩みを解決する道具は、それこそ無限にある訳ですよ。
例に出したように、楽してか成長させてかは解らないがのび太にいい点をとらせる道具。
他にも、どうせのび太のお小遣いの使い道は漫画かオモチャしかないのだから、
スネ夫が持っているマンガやオモチャをコピーして手に入れる道具とか。
あるいは、言葉巧みにママを説得して取りやめて貰う道具とか。
無限にありつつも後期のドラえもんが選んだ道具は、
「のび太が自力で頑張り、成長を促す道具」だった。
楽して100点取れる道具を出したら、のび太の為にはならないと考えた訳だ。
実際に、のび太がコンピューターペンシル等その手の道具を懇願した時は、
頑なに拒むようになった。どんなにのび太が泣き喚こうとも。
糖尿病患者に絶対甘い物を与えない医者のようですね。
その手の道具は確かに目先の問題は解決するけど、
それは最適解ではないと判断したらその道具は出さない。
便利なインデックス機能としてただ単にのび太に道具を渡すだけでなく、
「本当に」必要な道具を選ぶのも教育者としてのドラえもんの大切な役目。
大量生産・大量消費の時代に藤子先生が思い描いた未来は、
様々な道具が溢れかえる世界でした。
現代は確かに物が溢れていますが、それ以上に情報が溢れかえっている世界です。
溢れかえったモノの中から、適切なモノを適切な文脈で引き出せるドラえもんの存在価値は、現代において益々高まっています。
それでは、次回の記事までごきげんよう。